Sunday, May 8, 2016


長男の苦しみ (5)


5について、監督が長男に対してプロサッカー選手になる可能性がないと思っていることは、私にとって大きなショックでした。そのことを聞いて、長男がもしプロになれないのであれば、長男の将来のためにももっと勉強が出来る、レベルの高い大学に入ればよかったと思いました。私は、元プロサッカー選手であり、また、サッカーの指導に関わってきた立場の人間として、指導者は自分が指導しているどの選手にも、プロになる夢を与えなければならないと認識しています。なので、この監督は自分が指導している選手はプロにならないと思っているのであれば、指導者を辞めた方がいいと思いました。

このような話を監督と行った後、長男の状況を確認するため、約3日間練習や試合などを見ました。練習や試合を見て驚いたことは、このチームのサッカーには、ビジョンがありませんでした。攻撃や守りなどのパターンがなかったのです。ただ、チーム全員が、背の高い攻撃の2人に、高いボールをパスするだけでした。長男は、その攻撃の2人の内の1人だったため、試合中のほとんどのシュートがヘディングシュートでした。ヘディングシュートでの相手との競り合いにより、長男は頭に危険な怪我をすることが多くありました。また、この大学のサッカー部は大学リーグの2部リーグであったので、サッカーの高いレベルやサッカーに対する情熱や目的などが、私には見えませんでした。

私が長男の通う大学まで行って、監督と会って話し合い、3日間長男の状況を確認して強く思ったことは、この大学のサッカー部はプロサッカー選手の道を開いてくれるサッカー部ではなく、ただ仲間と楽しく遊ぶサッカー部、ということでした。私と長男が東京ヴェルディの責任者から聞いた話と、想像していたものとは全く異なっていました。そのことにより、サッカーに対する長男の情熱とモチベーションが下がってしまったのです。しかし、このような事実が分かっても、長男はすでに2年生で大学を辞めるわけにはいかないし、そして特待生ということもあり、どんなことがあっても続けるようにと、私は彼を励ますしかありませんでした。長男は東京ヴェルディに入団する前に、そしてこの大学に入学する前にも、彼にとって、プロサッカー選手になるのは、人生の大きな目的と夢でした。しかし、東京ヴェルディに出会ってから、述べたようにさまざまなことがあり、彼の目的と夢は遠くなってしまったと、この3日間で強く思いました。私はその後、その悲しい気持ちを持ったまま、沖縄へ戻りました。

沖縄に戻ってからも長男の将来を心配し、彼のことを見守っていましたが、その翌週に、彼からがっかりさせられるような連絡がありました。それは、監督がまた長男に『いじめ』の言葉として「お前は本当に東京ヴェルディの選手だったのか!」と、言い続けているとういうことでした。たった1週間前に監督が私と約束したことを、監督自身が守れなかったのです。しかし、私が驚いたのは、長男が「自分が絶対にサッカー部で頑張って、学校には恩返しをします。」という、強い気持ちを私に見せてくれたことでした。

長男が2年生を終えたあと、大学のサッカー部は、大学リーグ212チームの中でも下の位置になっていた。そこで学校側が改めてサッカー部を1部リーグに上がるため、様々な働きかけを行うはずでしたが、残念なことに、長男が3年、4年と進級しても、チームや監督や状況は変わりませんでした。確かに、このチームには何名かの選手がJリーグチームのユースで活躍していましたが、大学のチームの状況と指導方法によって、あまり活躍出来なかったと私は思いました。結局、この大学のチームは2部リーグから1部リーグに上がるより、2部リーグ以下の3部リーグに落ちていました。

サッカーで特待生になった長男が、大学のサッカー部で頑張り、恩返しをすると思っていましたが、学校側の運営や指導方法や環境などにより、サッカー部で良い成績を残さずに、卒業することになりました。

長男は4年生になると、サッカー部の悪い状況を踏まえ、自分がプロサッカー選手になれる可能性がどれくらい残っているかを考え始めました。4年間の間に、自分自身とチーム全体の悪いサッカー成績では、東京ヴェルディには声を再びかけてもらえる可能性が低く、他のクラブに呼ばれる可能性も無いと、長男自身が考え始めました。それで長男は、4年生の夏頃から就職活動を始めました。


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