名門クラブの怪しい行動
驚きとショックを隠せない私は、なぜ東京ヴェルディがこんなことをしたのか、なぜ私には何も相談せず、エジプトの学校へ戻ることが決まっている長男のことをこれほどまで大きく報道したのかが理解できませんでした。しかし、ヴェルディに登録している次男のことがあったので、私はこの長男のことで、ヴェルディに怒ることが出来ませんでした。
長男のことを大きく報道された日の翌日、ヴェルディの担当者から私に謝罪の連絡がありました。『お父さん、大変申し訳ありませんが、昨日息子さんのことを大きく報道されたことについて、私達ヴェルディ側は何も計画していなかったのです。新聞記者が勝手に息子さんへインタビューし、報道したのです。』とういう内容でした。しかし、その日の夜、長男から私へ連絡があって、嬉しい声でヴェルディからの入団の誘いがあったことを報告してきました。そしてさらにその翌日、またヴェルディの担当者から連絡があり、長男をヴェルディに入団してほしいと頼まれた。この頼みに対して私は、『ちょっと考えさせてください』と、ヴェルディに返事をしました。というのは、長男はすでにエジプトでサッカーをプレーしていること、そしてエジプトにあるレベルの高いケンブリッジ大学の姉妹高校にも通っていることなどから、父親の私としてはエジプトでサッカーを続けて欲しかったからです。この長男に対する報道により、いくつかのクラブが長男に注目し、練習への参加の誘いもありました。スター選手のような気分になった長男は、エジプトへ戻る気持ちが揺れ始めました。結局、18歳未満の長男の心は、自分のことを大きく報道されたことや、ヴェルディ関係者の説得によってヴェルディ側に惹かれてしまいました。
長男は、エジプトへ一緒に行っていた姉を1人残して、エジプトから日本に引き揚げ、2004年8月から東京ヴェルディに入団しました。入団した当時、長男は17歳9ヵ月であったため、ユースの登録の対象になりませんでした。なので、トップチームに入ってトップチームと練習するようになりました。しかし、トップチームの練習時間は午前中で、当時高校2年生だった長男の教育環境の問題が出てきました。そこで長男は、ヴェルディが勧めた通信教育を取り入れ、学校へ通うのは週にたった1日のみになってしまいました。つい先日までエジプトにあるケンブリッジ大学の姉妹高校に入学していた長男は、東京の通信高校に週に1日だけしか通えない環境になってしまったのです。長男と離れた環境で暮らしている私には、ヴェルディを信じることと、長男の想いを尊重することしかできませんでした。そして、長男と次男は揃って東京ヴェルディの寮に住むことになりました。2004年8月、これが私の2人の息子と東京ヴェルディとの関係の始まりでした。
2人の息子たちと離れた沖縄で暮らしている私と妻は、大変心配しながらも、2人の息子を見守り、成功する希望と夢を見ていました。しかし、大変残念なことに、東京ヴェルディとの出会いが、2人の息子たちの苦しみと悲しみの始まりだったのです。
No comments:
Post a Comment