Friday, June 10, 2016


次男の苦しみと悲しみ(28)名門クラブの「差別」と「悪用ネットワーク」が、沖縄にやってきた!!!FC琉球よ、「ブロウタス...おまえもか」。



次男が36チームに出した手紙やDVDに対する反応をくれたのは、たったの2チームでした。まずJ1のサンフレッチェ広島から、228日に次男に直接連絡がありました。サンフレッチェ広島チームは、次男に注目していましたが、当時のチームの状況により次男を獲得出来ませんという、丁寧な断りでした。翌229日には、当時J2の湘南ベルマーレからは、すぐにでもチームの練習に参加して下さいという連絡内容でした。思った以上に早く湘南ベルマーレから練習への参加に関する連絡が入ったので、34日以降にして頂くことをお願いしました。それに対して、湘南ベルマーレが親切に次男のお願いを受け入れてくれました。次男が湘南ベルマーレの練習参加を34日以降に伸ばしたことには理由がありました。それは、湘南ベルマーレに迷惑をかけないように、34日までには東京ヴェルディから人材育成費返済に関する解決の返事をもらってから、練習に参加した方が良いと考えたからです。しかし、34日まで待っても東京ヴェルディからは、連絡がありませんでした。湘南ベルマーレには34日まで待ってもらっていたので、与えられたチャンスを逃がさないようにと35日に湘南ベルマーレに連絡を入れ、練習への参加を始めたいと伝えました。しかし、その時すでに湘南ベルマーレには別の3人の練習生の選手が練習へ参加していたので、次男は参加の日を伸ばされました。

38日に、湘南ベルマーレから次男に連絡が入りました。その内容は、湘南ベルマーレが次男を獲得することが難しくなっているが、330日までには検討をします、ということでした。湘南ベルマーレの練習へ参加できる可能性がほぼなくなってしまいました。

同日、次男は東京ヴェルディとの人材育成費返済に関することを聞くために、東京ヴェルディの責任者に連絡を入れました。責任者には、現在の自分の状況を話し、まだ所属クラブが見つかっていないことを伝えました。この話を受けて責任者は、次男を獲得してくれるチームを探すから、314日まで待ちなさいと、次男に言いました。

314日になったので、次男は東京ヴェルディの責任者に連絡を入れました。しかし、まだチームを探している途中で、ヴェルディの監督と相談を行っているから319日まで待ちなさいと責任者は次男に伝えました。

約束の319日になったので、次男は再び東京ヴェルディの責任者に連絡を入れました。責任者からは、322日に会いましょうと言われたので、322日に、次男は責任者に会いに行きました。次男と責任者は、まず人材育成費返済の問題について話し合いました。責任者は次男に、この問題を白紙に戻し、次男がどこかのクラブに所属出来るまで返済をしなくても良いということを伝えました。そしてさらに、ヴェルディの練習へ参加するのはもう少し待ちなさいとも言われました。また、履歴書を送るようにと指示されたので、次男は提出することを責任者に約束しました。

329日に、様子をうかがうために次男が東京ヴェルディの責任者へ連絡を入れました。しかし、責任者からは「何も変わりはありません」としか言われませんでした。次男がこのような行動を行っている間に、私も沖縄で動き出しました。沖縄県地元のFC琉球というチームに次男を獲得してくれるかの連絡を入れました。FC琉球というチームは、日本JFLリーグに加盟しているチームですが、約10年前までは九州の地区リーグのチームでした。九州地区リーグの時から、当時のチームの指導者と付き合いをさせて頂き、さまざまな協力と応援を行ってきました。その後、チームが日本JFLリーグに上がりましたが、私がお付き合いをさせて頂いていた指導者や運営「フロント」の方の何人かが解雇されました。しかし、私はチームの応援を続け、何人かの関係者といつも顔会わせをしていました。そのため、私は自信を持ってFC琉球関係者に、次男の獲得に関する相談をしました。以前からFC琉球チームの経済的状況があまりよくないことは認識していたため、もし仮に次男がFC琉球チームに所属することができれば、実家に住むので契約金の必要はありませんと伝えました。しかし、実家とチームの練習場が離れているため、月々5万円を交通費として頂ければとチームの関係者にお願いしました。しかし、チームの関係者が「現在はチームに選手がたくさんいるので、新しい選手を獲得する必要がありません。練習へ参加させることは出来ますが、必要な選手でいても契約金も交通費もなしで獲得を考えます」と、言われました。しかし私は、この返事に対し何も悲観的な考えを持ちませんでした。それはチームの経済的なことが問題だと思ったからです。私は次男にはサッカーをして欲しい気持ちがありましたが、FC琉球の練習場と実家が離れているため、交通費という壁がありました。その壁を乗り越えるために、次男がアルバイトをしながら交通費を稼ぎ、それでサッカーを続けることができれば良いと私は思いました。沖縄県は、日本全国でも失業率が非常に高く、サッカーとアルバイトを両立することができる環境を作ることが非常に難しいです。しかし私は、何とかなると考えました。

そういうことを考えている内に、沖縄の地元の新聞ではFC琉球チームに関する愕然とする情報が次々に報道されました。FC琉球チームが日本本土からさまざまな新しい選手をプロ契約で獲得していることや、前からチームに所属している42歳の選手との契約を更新する、というようなことでした。FC琉球が次男の獲得を断わった理由は、単なる悪い経済状況が理由ではありませんでした。どうしてFC琉球は次男を獲得しなかったのかを、私は考えました。私は元プロサッカー選手で、サッカーの指導者としてずっとFC琉球を応援し、チームの選手たちの力とレベルを認識しています。もしその中に東京ヴェルディとモンテディオ山形、そしてヨーロッパでのプレー経験がある若手選手の次男が入ると、大きな役割を果たしてくれると思いました。もちろん、FC琉球チームの方針や考え方などがあることは認識していますが、FC琉球関係者が次男の獲得を断わった理由は、チームの方針や考え方などではなく、別の理由があることが分かりました。それはまず、私がFC琉球チームの関係者に次男の獲得をお願いした当時のチーム監督やスタッフの方は、東京ヴェルディの元関係者でした。その方たちは、東京ヴェルディが流した次男の悪い噂を聞いているため、次男の獲得を断わったのです。私は、東京ヴェルディの「悪用ネットワーク」の働きがすごいことを実感しました。FC琉球関係者が次男の獲得を断わったのには、もう1つ理由がありました。それは、FC琉球チームが九州地区リーグからJFLリーグに上がった時から、なんらかの理由で沖縄出身の選手やスタッフなどを使わないようにしているということです。私はこの事実を2009127日のFC琉球のシンポジウムで、チームの会長に指摘をしましたが、会長からは曖昧な説明しかもらえませんでした。この2つの理由で、FC琉球責任者が次男の獲得を断わったことが明らかになりました。私は、次男がFC琉球チームへ所属することを、諦めてしまいました。





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